可能性をぶん投げる

   

昨日は勝手に始業式をすると決めていた。

正直、リーダーとか頭というもともと得意ではない概念を受け止めるのに、1月から今日まで本当にしんどかった。
FLY HIGHという言葉に含まれたたくさんの意味に。こんだけ向き合うことになるとは思ってもいなかった。

誰かの可能性を拓く

 

おこがましい言い方かもしれないけど、小さなチームの頭というちっぽけな肩書きを背負った石原舞の使命の一つは、おそらくこれで。
ここ数日でようやくその味を味わえるようになってきた。
“誰かのなにかを拓く”それはいくつかのレベルに私の中で分けられている。
今まではその人の持つ情熱や想いに共鳴するように拓く場合がほとんどだったのだけど

自分が半ば強引に押し付けるように

「お前にボール投げる!!!そのボールに倒されるか、取りこぼすか、弾き飛ばすか、摑み取れるか。取ったあとのボールをどうすんのか。増やすのか、空に投げるのか、捨てるのか。
そんなこと知らねー。お前次第でしょ。

とりゃーーーっ!」

みたいに、もはやその人の人生ごとひっくり返すような。
可能性というボールをぶん投げるような方法を覚えた。

可能性をぶん投げる

この方法は荒治療的なもの。
全く相手のことを考えずに投げている。相手のことなんか考えてたら最高に自信のある球を投げられない。
おそらくこれだけ聞くとただの傲慢な話。今回はこれがベストだった。

だから、たとえ死んだとしてもいいと。
生まれ変わってもいいと。

それを望んでいると判断した場合にしか投げないし、今後はもう一生投げないかもしれない。

4月7日 1球目

あなたの人生をぶち壊すつもりで
可能性を投げた
こうやって拓いていく方法は
その人の覚悟さえ決まっていればありなのだと思う。

あとはこの先に得られるものよりも、
それをやる意味の方がよっぽど大事だと、

自分の本当の心から芯を作れるかどうか。
今はまだ芯が細くても、強くしていけるのかどうか。

何を今まで遠慮していたのか。
もはや仕事だの活動だのそういう言葉ではなく
私がそこに投げるのは命の生き死にそのものだ。

ここで変われなければ一生変われない。
その覚悟でここに、いられるかどうか。

たとえどんなに迷ったって
自分にだけは嘘をつくな。

生き方の美学だけは
見失うな。
一般常識や苦労、先を走る化け物たちに物怖じせず
自分の"本当に大切"を握って選ぶ生き方の方がよっぽど

人生は本当の意味で楽しい。

自分がここにいる意味はなに?

それをする意味はなに?

まだまだ足りない。

何度でも繰り返し
自分の心に問い続けよ。

 

「Where will you go?」

「あなたはどこに向かって、生きている?」

 

 

 

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2016年4月7日
FLY HIGH第二章
開幕

 

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http://goo.gl/6YIuwh



*石原舞インタビュー記事

アセナビ

 

開発メディアganas

http://www.ganas.or.jp/20160302flyhigh/

 

*イベント情報

5月28日京都イベント詳細未定
5月29日GreatLuckFES トーク&ブース出展

*講演・トークライブ依頼は以下までお願いします

6月上旬 関東にいます。
iammai0826@icloud.com

 

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